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CULTURE / MOVIE
鮮烈な黒と白、チャン・イーモウの美学
「SHADOW/影武者」

監督は水墨画の影響を口にしているが、本作の映像は、大きな意味で現代美術にインスパイアされたものではないのか。可憐な佳品を贈り届ける一方、大作活劇の作り手としても活躍するチャン・イーモウの作家像はひとつの定型にはおさまらない。だが、わたしたちはいまこそ、彼のキャリアがチェン・カイコー作品で撮影監督としてスタートしている事実に向きあうべきだ。最新作は、なにはともあれ、映像のテクスチャそのものを味わうために存在している。

タイトルが示しているように、ある武将の影武者を務める男の運命の流転を描く。あるときは、静謐なうねりに満ちた人間ドラマであり、あるときは、きわめてエモーショナルな活劇でもある本作。しかし、物語の行方を追いかけるだけでは、本質を見失う。

暴言を覚悟で断言するが、主演男優が二役を体現していることや、武将の妻と影武者が道ならぬ恋に落ちる様を現実の夫婦が演じていることなど、あっさり黙殺していいのではないか。ストーリー展開はもちろんのこと、芝居の強度すら、無視して、映像だけを凝視していただきたい。いや、この映画を観に出かける意欲のある者であれば、必ずやそうなると、確信している。

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これはモノクロ映画でも、パートカラー映画でもないが、大雑把に言えば、人物の顔以外がすべて、黒白と化している。厳密にはそうではないのだが、少なくともここで目論まれているのは、衣服も、場も、空も、地も、雨も、傘も、それらはすべて、白と黒のグラデーションのあいだに位置しているという「設計」である。

漫画文化に親しみのあるわたしたちであれば、これは漫画に近い「彩色」であることに気づくかもしれない。基本的に一色刷りである漫画は、雑誌連載においては二色刷り(オールカラーではない)のときもある。そこでは、カラーかモノクロか、という二者択一とは別の価値観が浮上している。

肌色、正確に言えば、その色も加工が施されており、現実の肌の色とは違うのだが、顔だけが、それ以外と切り離されたような感覚を観る者に植えつけるこの映画のありようは、人間の顔とは何なのか、という根源的な疑問を提示する。

この疑問と向き合うことが、影武者という、弱者でもあり、強者でもある、宙ぶらりんの存在について考える契機にもなる。自分ではない誰かに顔が似ている。その一点から、別な人生がスタートしてしまった男の皮肉が、自然や人工物と較べると、明らかに奇怪で意味不明な人間の顔面のありようと重なるとき、わたしたちは言葉にならぬものを噛みしめることになる。

矛盾した情緒。正体のないやるせなさ。世界から取り残されたような趣を醸し出す特異な色彩設計は、「映像派」としてのチャン・イーモウを再発見させてくれるのだ。

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Written by:相田冬二


「SHADOW/影武者」
監督:チャン・イーモウ
脚本:チャン・イーモウ/リー・ウェイ
出演:ダン・チャオ、スン・リー/チェン・カイ
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9月6日(金) TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー